『立花隆の「宇宙教室」』 立花隆・岩田陽子 著 感想
立花隆さんの本を読みたいと思っていろいろ物色していたら見つけた本。立花さんが小学生に宇宙のことを教える授業の記録ということで興味が湧いて手にとった。
前半は宇宙の研究者や科学者との対談形式をとり、この章で宇宙の最前線について知識を深め、後半の実際の授業の流れの中で、いかに「正しく思考する技術」を磨くのかを書いている。
自分も小学校・中学校・高校・大学といろんな人の講義を授業で聞いたはずなのだが、今では何一つ覚えていない。ちゃんと聞いて感想文なんかも提出したはずなのに、なぜか何一つ覚えていないのだ。多分それ以外の人生の出来事に上塗りされたのか、もしくは理解したと思ったのは上っ面だけで実際はさほど興味を持っていなかったからか。
しかし、富沢小学校で行われた宇宙の授業はかなりの時間にわたって行われたらしいから、授業を受けた小学生たちはさすがに将来も覚えているはずだろう。
自分もこういう特別授業を受けたかった。
4つの思考する上で重要な点が語られており、それは「無知の知」「並行思考」「宇宙的スケール」「科学を見る目」であった。
ちゃんとこの4つを覚えていたいが、悩み多き日常の中で、昔受けた授業のようにあっという間に忘れてしまいそうでもある。ことあるごとに思い出して、血肉にしていきたいと思った。
『なぞとき深海1万メートル 暗黒の「超深海」で起こっていること』 蒲生俊敬・窪川かおる 著 感想
深海1万メートルのなぞときと題名にあるように、たくさんのカラーイラストや図を参照しながら深海調査の歴史や、そこに住む生物、環境について分かりやすくバランスよくまとめている良書。
世界最深部のチャレンジャー海淵にまで潜航した人を数えると、わずか13人らしい。宇宙空間に行った人は2020年8月の本書の書かれた段階で566人、世界最高峰のエベレストに登頂した人は2010年時点で3000名を超えている。
「宇宙よりも遠い場所」というアニメを昔見たことがあるが、南極に行った人よりもさらに数は少なそうなので、より宇宙よりも遠いと言えるのではないだろうか。
潜水球(バチスフェア)の時代から始まった偉大なる先人たちの知恵と努力と勇気の歴史のおかげで、深海の秘密のベールが剥がされていく過程には感動した。
また、ヴィスター・ヴェルコーヴォ氏が5大洋の最深点に到達したことはこの本を読むまで知らなかった。おそらく宇宙や恐竜なんかよりも深海に対する興味を持っている人が少ないから、報道もあまりされなかったのだろう。
日本は海溝がたくさんある深海大国なのに勿体ない気もする。
2000年で海の表層と深海を循環する熱塩循環や、その循環に乗って鯨骨や熱水噴出孔を探してあてもない旅をする深海生物など、スケールが大きくて圧倒された内容も多い。
本書の最後には深海に迫りくる環境問題の章があった。
マイクロプラスチックが海溝に集まりすでにカイコウオオソコエビといった深海の生物に蓄積されつつあるということや、地球温暖化により極地の海水が冷却されなくなることで熱塩循環がなくなるかもしれないという話は、海が壮大なスケールでつながっているという事実を教えてくれる。
いろいろ環境問題なんかはあるけれども、深海はロマンに溢れているんだと思わせられる一冊だった。
『マジック・ツリーハウスシリーズ31巻 インド大帝国の冒険』 メアリー・ポープ・オズボーン 著 感想
これまでの4巻では様々な偉人たちの才能を開花させる手伝いをしてきたジャックとアニーの二人だったが、この本からは新シリーズ突入。魔法で石に変えられたペンギンのペニーをもとに戻すために冒険に出かけることになる。
ペニーを石にしてしまったテディとキャスリーンはマーリン先生やモーガン先生に知られる前に自分たちでなんとかしようとしてるけど、逆に危険なことを二人に押し付けたせいで怒られたりしそうな予感。
そんなわけでムガル帝国時代のインドに送り込まれたわけだが、どんな冒険をするのだろうかと読む前に思った。
ムガル帝国のことは世界史の授業の時に習ったけど、そこまで詳しく聞いた覚えがないから、どう話を展開させるのだろうかと興味深かったのだ。
表紙にキングコブラとゾウがいるから多分密林には入るんだろうなと思ったけど、いきなりシャー・ジャハーンと面会することになってそうきたかと。
よく見たら表紙の背景にひっそりとタージ・マハルが描かれてある。あれを作ったのがシャー・ジャハーンだとは知っていたが、表紙に描かれているのは読み終わってから気づいた。
魔法で小さくなって、もらった薔薇の形に作られたエメラルドをキングコブラから取り返そうとするシーンで、10cm台に小さくなってもエメラルドがバスケットボールサイズの大きさしかないことに驚いた。
元の大きさになったらかなり小さいだろうに。そのエメラルドに薔薇の彫刻を彫っているんだから相当な技術が必要なはず。当時のインドではそう言う技術もあったんだなあと。
物語の最後に、宝石を手に入れると言うミッションだけでなく、「孤独な心に語りかけよ」と言うミッションがあったことを作中の二人と同じようにすっかり失念してしまっていたことに気付かされた。
タージ・マハルを建てたことで帝国の財政が悪化したと言う話も聞くが、現在も立派に残っているから、シャー・ジャハーンの残した愛は時を超えても消えることはなかったんだなと、感慨深く思った。
『クローズド・ノート』 雫井脩介 著
(ネタバレ有り)
作中で謎のノートを見つけることしか事前情報を知らずに読み始めた一冊。どうやら恋愛小説だったらしい。さらに男主人公かと思ってたけど、女主人公だった。
女主人公の恋愛小説はあまり俺の好みじゃないけど、せっかく借りてきたんだし最後まで読むかと思い、少しずつ読んでいった。
隆が誰なのか、伊吹先生がどうなったのかとかは大体予想がついていたし、その予想通りに話が終わったが、それはマイナス要素にはならなかった。
時々、気を衒ってとんでもない方向に物語を向かわせちゃう小説がある中で、この小説は予想通りに話が進んでいき、予想通りのクライマックスを迎えるから意外性はないものの、ストレスなく読むことができた。
万年筆売り場でウンチクを延々と続けるところは、小説読むのが好きじゃない人だったら、ここで挫折するかもしれない。何せノートの内容まだ全然出てこないし、ちょっと退屈だった。
最後に後書きで書かれていたこの小説の秘密には驚いた。まさか元ネタがあったとは。実際に教師をしていた作者の姉が交通事故で亡くなり、死後に残されたノートに書いてあった生徒とのふれあいを元にこの小説を構想したらしい。
それを聞いた後でこの小説を読んでいたらもっと気持ちに変化があったかもしれない。
『奇妙な論理2 なぜニセ科学に惹かれるのか』 マーティン・ガードナー 著 感想
この間「奇妙な論理1」を読んで、早速「奇妙な論理2」も読んだわけだが、疑似科学には様々な種類があるんだなあと。
本書で取り上げられていたのは、オカルトで馴染みのあるUFO、アトランティスとムー大陸の話題から、ピラミッドの聖書考古学、怪しげな療法や治療器具、顕微鏡下における
無生物からの生命の創造、頭骨の形や筆跡から性格を診断する方法などなど。
1ではほとんど語られなかった人がなぜ疑似科学に傾倒してしまうのかという問いは、今回も本文中ではまるで出てこなかったが、最後の池内了氏の解説文である程度の答えを提言していた。
それによると、社会に閉塞感が漂うと何か信じるものが欲しくて人は疑似科学に飛びついてしまうのではないかと言う。
ちょうどオウム真理教の事件があった頃に解説を書かれたらしく、疑似科学の負の側面に警鐘を鳴らしていた。
疑似科学にも様々ある。UFOや顕微鏡下での生命の発生といったおそらく見間違いであろうものから、ギリシャの時代から脈々と受け継がれてきたもの、果ては金儲けのために作られた治療器具までその種類は二冊にまとまるくらいレパートリーがある。
俺が思ったのは人って想像力がすごいなあと言うこと。疑似科学ってなんか読んでいると、イマジネーションが先にあって科学が後から証拠固めでついてくるって感じがしていて、最初のきっかけから論理の飛躍に至るまでの過程がすごい。
UFOの章で書かれていた空飛ぶ円盤に乗っている宇宙人がいるとすれば、それは七色に輝くミツバチだろうという笑っちゃうような仮説なんかもはや想像力の塊だろう。
さらにその想像力は疑似科学が攻撃された時の言い訳にも利用される。超能力が厳密なテストの場面では明確な結果にならないことがあれば、「それは超能力に疑いを抱く人間がテストに参加しているせいで、超能力に悪い影響を与えている」と。
放射線が出ていると触れ込みの治療器具にガイガー計を近づけても何の反応もないことに対し、「まだ見つかっていない未知の放射線が出ているのだ」と、追及をかわす。
科学は現代の宗教だと誰かが言っているのを聞いたことがあるが、だとすれば疑似科学は異端ということになる。とはいえ、魔女狩りの時代みたいに科学に反対する異端を取り締まりまくって言論弾圧をすれば、それはそれでディストピアかもしれないし、結局のところ、誰かが疑似科学を常に監視していて悪い方向に向かうのを阻止するしかないというのが最も穏便な選択ではなかろうか。
俺も怪しげな科学はすぐに信じたりせずに疑いの心を持って接したいと思う。
『マジック・ツリーハウスシリーズ30巻 ロンドンのゴースト』 メアリー・ポープ・オズボーン 著 感想
(ネタバレ有り)
ついに30巻。
今回の冒険では、ジャックとアニーはヴィクトリア朝時代のロンドンへ行き、作家のチャールズ・ディケンズを助けに行く。
ディケンズが何をした人なのか。名前はどこかで聞いたことがあるのだが、何の作品を残した人なのかまでは分からなかった。「ゴースト」と題名にあるからもしかしたらホラーものを書いた人なのかなと思ったけど、全然違った。すごい人格者の作家さんだった。
ヴィクトリア朝の時代と聞いてもしかしたら『宇宙戦争』と同じ時代ではないかと調べたが、ヴィクトリア朝時代の期間は長くてこの本では1843 年に行くが、『宇宙戦争』は1898年刊行されているから、50年近く時期は離れているようだ。
ディケンズの家を知っている一般通過おばさんは何者だよとツッコミを入れたくなったが、一昔前は日本でも有名人の実家なんかを雑誌が載せていた時代があったからこの時代だと割とそこは緩かったのかもしれない。
後半の群衆に泥棒と間違われて追われるシーンは唐突に思えた。
普通泥棒が出たからといってこんなに大勢の人が追いかけてくるものなのかと。まあ、児童文学だしちょっとのご都合主義は目を瞑るとして、ディケンズがいなかったら牢屋送りされていたな。それまでなんかコミカルな頼りない感じの人の印象があったから、突然の人格者ムーブに驚いた。
追われるシーンはどうやらディケンズの小説の一つからとっているらしい。
たくさんの人がロンドンに集まったのはいいけれど、そこで貧富の差が拡大して貧しい人もたくさんいた。そんな人に寄り添って小説を書いたのがディケンズ。
この本の中にも貧困層の苦しみや差別が書かれていて、可哀想だった。借金が払えなかったら牢屋に入れられるのはこの本で初めて知った。学校ができて幼い子供がお金のために働かなくて済むようになった現在でも、全ては解決していない。それでも世界はより良い方向に進んでいると俺は信じたい。
あと、アニーの帽子がどんな構造になっているのか気になった。表紙でも分かるように髪が帽子の上にちょこんと乗っている。それが妙に面白かった。
『奇妙な論理1 だまされやすさの研究』 マーティン・ガードナー 著 感想
地球は空洞になっている、相対性理論への攻撃、性的エネルギーが政治や社会活動を左右するオルゴン理論、生まれる前のストレスが元になって多くの病気が起きるとしたダイアネティックス、様々な怪しげな療法、治療器具、主義主張、進化論の間違いを声高に主張するファンダメンタリストの創造論、などなど珍妙なトンデモ説が紹介されている本。
だまされやすさの研究と副題にあるが、本書にはそのような内容はほとんど書かれていない。あるのはいかにして人が疑似科学を生み出し、その研究を拡大し、奇人へとなっていくのかだ。
最初、題名詐欺だと思ったが読み進めるうちに、様々なトンデモ説が登場して、そういう不満は何処かへ行ってしまった。
ネットで調べてもこの本で紹介されているトンデモ説はほとんどヒットしなかったが、この本が描かれたのは50年代とあるからそりゃ流行も下火になるよなと、「兵どもが夢の跡」という俳句が思い浮かんだが、巻末の解説ではどうやらそうでもないらしい。
現在まで脈々と受け継がれている主張もあるし、手を替え品を替え科学の周縁部に今も現れ続けるトンデモ説もあるとのことだ。
50年代にどれだけこの本で紹介されているトンデモ説が流行ったのかは流石に思い至ることはできないが、こういった本が書かれているあたりだいぶ浸食が進んでいたのではなかろうか。
笑っていられるうちはまだいい。本書では無知蒙昧な理論がどれだけ多くの悲劇や差別を生んだのかも書かれている。例えば、読んだ中でいえば、ナチスに採用されアーリア人以外の人種は劣ったものであるというナショナリズムを形成させたチェンバレンやギュンター教授の北方人種優越説がある。
また、チャールズ・キャロルは白人以外の人種には魂がないと自著の中で述べている。
これが容易に差別につながることは歴史が証明している。
『奇妙な論理2』もあるようなのでそっちも読んでみたいと思う。





